青森市では「青森ねぶた」が開催されている
八戸市では「八戸三社大祭」が本日最終日である。
弘前ねぷた、五所川原の立佞武多…
青森県内、夏祭り一色である。
んじゃ、オイラの地元十和田市は・・・
本日2012年8月4日(土曜日)
「十和田サンバカーニバル」なるものが開催されたのよ・・・
この祭り、非常に「分かり易い」というか・・・「潔い」祭りなのである。
だってさ、十和田の「市民文化センター」の所から
産馬通りの「太素塚」の鳥居のトコまでの、約1キロくらいの距離を
東京からきたサンバチームの姉さま方が
一往復踊りまくって・・・「終わりっ」てな具合。
午後4時に始まって、午後6時には終わってしまう
「短い」というか「刹那」の祭りでもある・・・
そんな短い祭りにもかかわらず、人出も結構あったし
サンバチームの姉さま方の「踊り」も、やっぱり「ウマイっ!!!」
「迫力がある」というか
「ウワァォ」というか・・・すごかったです。
もし 来年もやるんであれば
是非 見に行ったほうがいいっすよ!!
本日は ココまでっ ➠ 2012年8月4日(土)撮影。
2012年8月5日日曜日
2012年7月22日日曜日
完全「ノーマーク」・その1/十和田市にて
オラの地元十和田市・・・またの名を「三本木」(さんぼんぎ)とも言う。
その昔(江戸時代)、奥州街道の筋から
3本の「シロタモの樹」が見えたことから、「三本木」という名前が付いたという・・・
また街道筋にあった、わずかばかりの集落が
その後の三本木(十和田市)の元となったことから
「元村」(今の十和田市元町)になったと云われる・・・
オラ、生まれてこの方40有余年
元町の神社「元町神明宮」を、その云われある神社だと思ってました・・・(下の写真)
ところが ウチのジジ・ババにその話をしたところ・・・「それ 違がるべぇぇ!」
ガビーン!・・・知らないとは恐ろしいこと。
「何処よっ!」って尋ねると、件の「元町神明宮」から近いところに有るという。
そんなわけで
自分の不明をただすために行って来ました
元町の「大清水神社」 (下の写真2点⇓)
こじんまりとした神社ではありますが
確かに「三本木」の起源を説明した案内板もあり(下の写真⇓)
「シロタモの木」も植えてあります。
オラ、この神社の前を、車で何回も通っているんだけどねぇ・・・
完全「ノーマーク」 でした。
地元なのに知らない事だらけだなぁ・・・
本日は ここまでっす ➠ 2012.7撮影
その昔(江戸時代)、奥州街道の筋から
3本の「シロタモの樹」が見えたことから、「三本木」という名前が付いたという・・・
また街道筋にあった、わずかばかりの集落が
その後の三本木(十和田市)の元となったことから
「元村」(今の十和田市元町)になったと云われる・・・
オラ、生まれてこの方40有余年
元町の神社「元町神明宮」を、その云われある神社だと思ってました・・・(下の写真)
ところが ウチのジジ・ババにその話をしたところ・・・「それ 違がるべぇぇ!」
ガビーン!・・・知らないとは恐ろしいこと。
「何処よっ!」って尋ねると、件の「元町神明宮」から近いところに有るという。
そんなわけで
自分の不明をただすために行って来ました
元町の「大清水神社」 (下の写真2点⇓)
確かに「三本木」の起源を説明した案内板もあり(下の写真⇓)
「シロタモの木」も植えてあります。
オラ、この神社の前を、車で何回も通っているんだけどねぇ・・・
完全「ノーマーク」 でした。
本日は ここまでっす ➠ 2012.7撮影
2012年7月15日日曜日
「工場萌え」か「八戸萌え」か・・・?/八戸市にて
最近「工場萌え」という言葉を、耳にする。
家で読んでる新聞(デーリー東北)でも
ここ一年の間に 、度々この言葉を目にするしね・・・。
確かに八戸って、この言葉が「ハマっている」街かもしれないっすよ・・・。
製紙工場、セメント工場、造船所
製鉄所、石油タンク。 飼料ヤードに、火力発電所
どれも大きい施設ばかりで、人目を惹きつけない訳がないよねぇ。
でも八戸の魅力って、それだけじゃないんですよねぇ・・・
たとえば・・・舘鼻岸壁、陸奥湊の市場
蕪島、中心街の横町群・・・ついでに言えば いい女も多いのかな・・・??。
八戸って「ほどほどに都会で、ほどほどに田舎」の
絶妙なバランス感がある街だと思うんですよ。
オラは、そんな「新産都市・八戸」が大好きだなぁ。
いわゆる「八戸萌え」ってヤツですかねぇ・・・!?
本日は ここまでっ ➠ 2012.7撮影
家で読んでる新聞(デーリー東北)でも
ここ一年の間に 、度々この言葉を目にするしね・・・。
確かに八戸って、この言葉が「ハマっている」街かもしれないっすよ・・・。
製紙工場、セメント工場、造船所
製鉄所、石油タンク。 飼料ヤードに、火力発電所
どれも大きい施設ばかりで、人目を惹きつけない訳がないよねぇ。
でも八戸の魅力って、それだけじゃないんですよねぇ・・・
たとえば・・・舘鼻岸壁、陸奥湊の市場
蕪島、中心街の横町群・・・ついでに言えば いい女も多いのかな・・・??。
八戸って「ほどほどに都会で、ほどほどに田舎」の
絶妙なバランス感がある街だと思うんですよ。
オラは、そんな「新産都市・八戸」が大好きだなぁ。
いわゆる「八戸萌え」ってヤツですかねぇ・・・!?
本日は ここまでっ ➠ 2012.7撮影
2012年7月10日火曜日
まわり道・・・偶然にも「三鉄」/八戸市にて
2012年7月1日 日曜日
いつものごとく
八戸で写真を撮っていた時のこと
鮫駅から陸奥湊方向へ、車を走らせていたら
踏切の遮断機が下りた。
ただ踏切待ちしてるのもシャクなので
「ど~れ、八戸線の列車でも撮ってみるかな」と
踏切にカメラをむけて、列車が来るのを待った。
列車がやって来た。
やって来たのは・・・いつもと違うデザインの、新しめの列車だった。
写真を撮った。
でもこの時は「JR八戸線」の列車・・・くらいの認識しかなかった。
でも・・・あとから調べてビックリ(*_*)
このとき写真に収めた列車は、なんと「三陸鉄道」 だった
しかも・・・7月1日から9月末まで
岩手県の田野畑駅から土日限定で
JR八戸線に乗り入れ運行した 「初日」 だったとのこと。
まさしく゛偶然の出会い゛でありました。
がんばれ「三鉄」・・・
本日は ここまでっ
いつものごとく
八戸で写真を撮っていた時のこと
鮫駅から陸奥湊方向へ、車を走らせていたら
踏切の遮断機が下りた。
ただ踏切待ちしてるのもシャクなので
「ど~れ、八戸線の列車でも撮ってみるかな」と
踏切にカメラをむけて、列車が来るのを待った。
列車がやって来た。
やって来たのは・・・いつもと違うデザインの、新しめの列車だった。
写真を撮った。
でもこの時は「JR八戸線」の列車・・・くらいの認識しかなかった。
でも・・・あとから調べてビックリ(*_*)
このとき写真に収めた列車は、なんと「三陸鉄道」 だった
| 八戸市・鮫町/JR八戸線 鮫街道踏切にて 三陸鉄道のディーゼルカー 36-207形 鮫駅方向へ進行中の姿 |
岩手県の田野畑駅から土日限定で
JR八戸線に乗り入れ運行した 「初日」 だったとのこと。
まさしく゛偶然の出会い゛でありました。
がんばれ「三鉄」・・・
本日は ここまでっ
2012年7月8日日曜日
まわり道・・・「白看」のある風景・その1/八戸市にて
| 2012.7.8(日) 八戸市・轟木にて/青森県道15号 橋向五戸線 尻引・市川方向を見る。 |
八戸市の轟木(とどろき)地区で、撮った1コマである。
興味のない人から見ると
ただの「道路」と「道路標識」の写真にしか見えないと思う。
しか~し・・・その手の「マニア」にとっては
「ほお~!」って、言いたくなる存在なのである。
実は写真に写っている道路標識
マニアの間では、通称「白看(しろかん)」と呼ばれているものである。
昭和20年代の中頃から、昭和40年代の中ごろまでに
造られた標識の゛生き残り゛である。
当方マニアじゃないので
あいにく、これ以上の正確なデータは持ち合わせていない・・・
いまの「道路標識」に比べると、かなりシンプルである。
書いてあるのは、「矢印」と「行き先」と「キロ数」だけである・・・
それでも・・・カーナビも、なんも無かった、昔のドライバーは
みんな この標識を頼りに、クルマを走らせたんだろうね・・・
それに比べると・・・道路も改良され、カーナビも普及した
今のオイラたちは、ナンボ楽してるもんだか・・・・
きょうは、ここまでっ。 ➠ ※ 残念ながら、撤去されました。(2014.1確認)
2012年7月1日日曜日
その名も・・・「地獄沢」/八戸市・南郷にて③
またまた八戸市・南郷の話である。
ただし今回は「予備知識なし」の行程である。
当然地図にすら、その「地名」は載っていない・・・
と言うのも、今から10年近く前、南郷区の島守で道に迷った時に
集落の人に道をたずねたら
「山道通れば、是川(これかわ)さ行げるよ」と言われて
採石場の所まで行ったけど
「通れないじゃん・・・」って、引き返したことがある。
今回は、それを覚えているが故に
「他人様の敷地」だったら、潔く引き返そう・・・って位の気持ちで
あえて走ってみた。
島守の巻集落へ向かうと
新井田川沿いに、採石場が見えてくる。
道路の上には、砕石を移動させる「ベルトコンベアー」がある。
前に引き返したのは、この地点である。(⇓)
見た感じ、業者の採石場の敷地にみえるので
「やっぱダメかな・・・」と思ってたら、フツーに乗用車が走って来たので
「行ける・・・」と確信して、その先を走り始めた。
程なく゛落石地帯゛なのか「巻ロックシェード」が現れる。(⇓)
うん、フツーに道路である・・・
それを知らなかった自分を恥じる。
そこを過ぎると
以前は「採石場」だったと思わしき場所が、目の前に広がる。(⇓)
「一体 ここは何処なんだ??」そんな不安が 頭をよぎる・・・
そこを過ぎて間もなく
屋根のかかった2つの大きい゛岩゛にたどりつく。(⇓)
クルマを降りて確認してみる・・・「地獄沢・磨崖仏(まがいぶつ)」と称している。
名前の由来は分からないけど、たぶん「地獄沢」と呼ばれているとこだなぁ・・・と納得する。
その先を行くと、また「ベルトコンベアー」が現れる・・・
そのうえ 道路も悪くなる。(⇓)
いよいよ「行き止まりかぁ?」 なんて思ってると、また乗用車が通り過ぎた。
「まだ行ける・・・」 車を走らせる。
採石場の泥だらけの凸凹道を進み
狭い橋を渡ると、民家が見えてきた。
その先を進むと、急に道路が広くなった。
そこからは道なり・・・
新井田川沿いに進むと、集落が見えてくる。
最終的には、是川遺跡の「縄文学習館」を過ぎたあたりの交差点にたどり着く。
長々と書いてしまったが
ナンか不思議な道路である・・・
きょうは、ここまで ➠ 2012.6撮影
※ 道路沿いには「稼働中の採石場」や「立入禁止」の場所があるので
御通行の際は、この点を留意されたし・・・
※1. 八戸市道「西母袋子(にしほろこ)線」 これが正式な道路の名称です。(2013.1)
※2. 2013年3月18日(木)に、道路改良された「西母袋子線」が正式に開通しています。
(→道路改良後の記事はコチラ)
ただし今回は「予備知識なし」の行程である。
当然地図にすら、その「地名」は載っていない・・・
と言うのも、今から10年近く前、南郷区の島守で道に迷った時に
集落の人に道をたずねたら
「山道通れば、是川(これかわ)さ行げるよ」と言われて
採石場の所まで行ったけど
「通れないじゃん・・・」って、引き返したことがある。
今回は、それを覚えているが故に
「他人様の敷地」だったら、潔く引き返そう・・・って位の気持ちで
あえて走ってみた。
新井田川沿いに、採石場が見えてくる。
道路の上には、砕石を移動させる「ベルトコンベアー」がある。
前に引き返したのは、この地点である。(⇓)
見た感じ、業者の採石場の敷地にみえるので
「やっぱダメかな・・・」と思ってたら、フツーに乗用車が走って来たので
「行ける・・・」と確信して、その先を走り始めた。
程なく゛落石地帯゛なのか「巻ロックシェード」が現れる。(⇓)
うん、フツーに道路である・・・
それを知らなかった自分を恥じる。
そこを過ぎると
以前は「採石場」だったと思わしき場所が、目の前に広がる。(⇓)
「一体 ここは何処なんだ??」そんな不安が 頭をよぎる・・・
そこを過ぎて間もなく
屋根のかかった2つの大きい゛岩゛にたどりつく。(⇓)
クルマを降りて確認してみる・・・「地獄沢・磨崖仏(まがいぶつ)」と称している。
名前の由来は分からないけど、たぶん「地獄沢」と呼ばれているとこだなぁ・・・と納得する。
その先を行くと、また「ベルトコンベアー」が現れる・・・
そのうえ 道路も悪くなる。(⇓)
いよいよ「行き止まりかぁ?」 なんて思ってると、また乗用車が通り過ぎた。
「まだ行ける・・・」 車を走らせる。
採石場の泥だらけの凸凹道を進み
狭い橋を渡ると、民家が見えてきた。
その先を進むと、急に道路が広くなった。
そこからは道なり・・・
新井田川沿いに進むと、集落が見えてくる。
最終的には、是川遺跡の「縄文学習館」を過ぎたあたりの交差点にたどり着く。
長々と書いてしまったが
ナンか不思議な道路である・・・
きょうは、ここまで ➠ 2012.6撮影
※ 道路沿いには「稼働中の採石場」や「立入禁止」の場所があるので
御通行の際は、この点を留意されたし・・・
※1. 八戸市道「西母袋子(にしほろこ)線」 これが正式な道路の名称です。(2013.1)
※2. 2013年3月18日(木)に、道路改良された「西母袋子線」が正式に開通しています。
(→道路改良後の記事はコチラ)
2012年6月24日日曜日
まわり道・・・青森・野辺地町にて
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