十和田観光電鉄の電車が
2012年(平成24年)3月に廃止になってから、丸4年。
それでも、バス停として「十和田市駅」の名前は残っていたんだけど・・・。
[※以前(2012年4月)の記事は →こちらへ ]
今年(2016年)の3月末
2016年4月30日土曜日
2015年12月1日火曜日
まわり道・・・「デゴイチ公園」のハナシ/十和田市にて
十和田市の「十和田市民文化センター」の前に
「D51-663型・蒸気機関車」が展示してあるんだけど
かつてこの場所、「デゴイチ公園」(※あくまでも通称)と
呼ばれていた時期がありました。
公園といっても、遊具があったわけでも無く
広い空き地に「D51(デゴイチ)」が置かれていただけ。
それでも機関車に上ったり、運転席の中に入って遊ぶことも出来たので
当時のチビッコにとっては゛人気のスポット゛でもありました。
ところで・・・この「デゴイチ」、どうやってこの場所に運ばれて来たのか?。
もともと北海道で活躍していた、この機関車。
東北本線経由で、旧国鉄・三沢駅より十鉄線(旧・十和田観光電鉄線)に乗り入れ
十和田市駅まで電気機関車に押されて、回送されて来たとの事です。
しかし・・・駅から、この場所まで運ぶのには難儀を極めたとか?。
何でも、地元の建設会社が、およそ1週間かけて
深夜の市道にレールを「敷いては引き、敷いては引き」を繰り返し
駅から約1.5キロ離れた、この場所まで運んだとの事です。
今から40年程前・・・昭和49年(1974)11月の話であります。
そして、市民文化センターが出来る前(※1985年頃まで)は
今の位置の反対側(勤労青少年ホーム側)に置かれていました。
「デゴイチ公園」と呼ばれていたのは、その頃の事です。
でも・・・この場所が、かつて「デゴイチ公園」と呼ばれていた事
きっとみんな忘れてるんだべなぁ??((T_T))。
なので、あえて記事にしてみました!!。
本日はここまで ➠ 2015.4撮影
「D51-663型・蒸気機関車」が展示してあるんだけど
かつてこの場所、「デゴイチ公園」(※あくまでも通称)と
呼ばれていた時期がありました。
公園といっても、遊具があったわけでも無く
広い空き地に「D51(デゴイチ)」が置かれていただけ。
それでも機関車に上ったり、運転席の中に入って遊ぶことも出来たので
当時のチビッコにとっては゛人気のスポット゛でもありました。
ところで・・・この「デゴイチ」、どうやってこの場所に運ばれて来たのか?。
もともと北海道で活躍していた、この機関車。
東北本線経由で、旧国鉄・三沢駅より十鉄線(旧・十和田観光電鉄線)に乗り入れ
十和田市駅まで電気機関車に押されて、回送されて来たとの事です。
しかし・・・駅から、この場所まで運ぶのには難儀を極めたとか?。
何でも、地元の建設会社が、およそ1週間かけて
深夜の市道にレールを「敷いては引き、敷いては引き」を繰り返し
駅から約1.5キロ離れた、この場所まで運んだとの事です。
今から40年程前・・・昭和49年(1974)11月の話であります。
そして、市民文化センターが出来る前(※1985年頃まで)は
今の位置の反対側(勤労青少年ホーム側)に置かれていました。
「デゴイチ公園」と呼ばれていたのは、その頃の事です。
![]() |
| 市民文化センター前より/かつては写真左側・奥の位置に 置かれていました・・・ |
きっとみんな忘れてるんだべなぁ??((T_T))。
なので、あえて記事にしてみました!!。
本日はここまで ➠ 2015.4撮影
2015年6月6日土曜日
まわり道・・・「ジオラマ」・その2/十和田市にて
十和田市の市民交流プラザ(通称/トワーレ)の
エントランス・ホールに展示されている「ジオラマ」の話です。
以前、このブログで取り上げた
十和田市の「十鉄バス発着所」のジオラマに続いて、製作された作品
「十和田観光電鉄・三本木駅」。 (作者は前回と同じく、ジオラマ作家・山本高樹氏)
実はこの駅舎、モノクロ写真でしか見た事が無いんです。
それもそのはず・・・
昭和30年に竣工、十和田市の玄関口としての役割を担ったものの
不幸にして、昭和43年(1968)5月に発生した十勝沖地震によって駅舎が倒壊。
急きょ、同じ場所に平屋の駅舎に建てられ、のちに「十和田市駅」と改称。(※)
昭和60年(1985)10月、「とうてつ駅ビル」が出来るまで使われた経緯があります。
なので・・・リアルタイムの記憶が無いだけに (オラ、生まれる前のハナシだもん(^^ゞ)
「こんな感じだったんだぁ~!」と感慨すること然りであります。
ただし、ジオラマにあるタクシー無線用の鉄塔だけは、のちの駅舎でも使われたので
記憶には有るんですけどねぇ・・・。
ボンネットバスをはじめ、ジオラマの裏側には
かつての十鉄の電車も再現されています・・・芸が細かい(^^)
ちなみに・・・「とうてつ駅ビル」が建つ前の駅舎は
駅ビルのあった場所より、200メートルほど西側にあったんです。
もっとも今では、ホームセンターとか家電量販店などの敷地になっているので
面影は、ほとんどありませんけどね。
本日はここまで ➠ 2015.4撮影 (ジオラマ・その3へ続く→)
※ 昭和44年(1969)に「三本木駅」→「十和田市駅」に改称。
エントランス・ホールに展示されている「ジオラマ」の話です。
以前、このブログで取り上げた
十和田市の「十鉄バス発着所」のジオラマに続いて、製作された作品
「十和田観光電鉄・三本木駅」。 (作者は前回と同じく、ジオラマ作家・山本高樹氏)
実はこの駅舎、モノクロ写真でしか見た事が無いんです。
それもそのはず・・・
昭和30年に竣工、十和田市の玄関口としての役割を担ったものの
不幸にして、昭和43年(1968)5月に発生した十勝沖地震によって駅舎が倒壊。
急きょ、同じ場所に平屋の駅舎に建てられ、のちに「十和田市駅」と改称。(※)
昭和60年(1985)10月、「とうてつ駅ビル」が出来るまで使われた経緯があります。
なので・・・リアルタイムの記憶が無いだけに (オラ、生まれる前のハナシだもん(^^ゞ)
「こんな感じだったんだぁ~!」と感慨すること然りであります。
ただし、ジオラマにあるタクシー無線用の鉄塔だけは、のちの駅舎でも使われたので
記憶には有るんですけどねぇ・・・。
ボンネットバスをはじめ、ジオラマの裏側には
かつての十鉄の電車も再現されています・・・芸が細かい(^^)
ちなみに・・・「とうてつ駅ビル」が建つ前の駅舎は
駅ビルのあった場所より、200メートルほど西側にあったんです。
もっとも今では、ホームセンターとか家電量販店などの敷地になっているので
面影は、ほとんどありませんけどね。
本日はここまで ➠ 2015.4撮影 (ジオラマ・その3へ続く→)
※ 昭和44年(1969)に「三本木駅」→「十和田市駅」に改称。
2015年3月14日土曜日
さらば・・・「十鉄タクシー」/十和田市にて
十和田観光電鉄の電車が廃止になって、丸3年。
こんどは゛タクシー部門゛が廃業・・・のニュースが飛び込んできました。
「とうてつ交通」さん。
十和田では通称゛十鉄タクシー゛とも呼ばれていました。
利用者減による経営収支の悪化から、今年の3月15日でタクシーの運行を終了
4月1日付で廃業とのことです。
こんどは゛タクシー部門゛が廃業・・・のニュースが飛び込んできました。
「とうてつ交通」さん。
十和田では通称゛十鉄タクシー゛とも呼ばれていました。
利用者減による経営収支の悪化から、今年の3月15日でタクシーの運行を終了
4月1日付で廃業とのことです。
(※デーリー東北/2015年2月25日付の記事より)
たしか「十和田市駅」があった頃は、客待ちのタクシーが何台も居たっけ?。
子供の頃から、家が駅の近所だった事もあって
用があれば十鉄さんに、お願いしていました。
車種は中型を除けば
たしか「十和田市駅」があった頃は、客待ちのタクシーが何台も居たっけ?。
子供の頃から、家が駅の近所だった事もあって
用があれば十鉄さんに、お願いしていました。
車種は中型を除けば
いすゞの「フローリアン」(丸目4灯&角目4灯)とか「アスカ」。
白いボディーに、赤いラインのクルマでした。
白いボディーに、赤いラインのクルマでした。
(※いわゆる、元々の十鉄カラーってヤツ)
ディーゼルのクルマだったので、エンジンの「ガラガラ」音で
タクシーがやってきたのが、すぐわかりましたっけ・・・。
ちなみに、今のボディーカラー(※国際興業グループの貸切バスに準じた色)に
![]() |
| NEW! ちなみに「フローリアン」って、こんなクルマ・・・ いすゞフローリアンS-Ⅱディーゼル/三沢市にて ※2016.10撮影 |
タクシーがやってきたのが、すぐわかりましたっけ・・・。
ちなみに、今のボディーカラー(※国際興業グループの貸切バスに準じた色)に
なったのは、平成に入ってから。
十鉄のアンドンを乗っけたタクシーが
白黒の画像の中に゛ちょこっと゛出て来るんです。
(車種は、いすゞベレット。恐らく「赤」か「エンジ」の一色かな?)
でも、時代の流れとはいえ、「十和田市駅」の生き証人が
また一つ消えるのかなぁ・・・と思うと、ちょっと残念。
゛廃業゛の報を聞いて個人的に、ちょっと思い出した事もあったので
敢えて、この記事を書いてみました・・・「さらば!」
本日はここまで ➠ 2015.2撮影
(車種は、いすゞベレット。恐らく「赤」か「エンジ」の一色かな?)
でも、時代の流れとはいえ、「十和田市駅」の生き証人が
また一つ消えるのかなぁ・・・と思うと、ちょっと残念。
゛廃業゛の報を聞いて個人的に、ちょっと思い出した事もあったので
敢えて、この記事を書いてみました・・・「さらば!」
本日はここまで ➠ 2015.2撮影
2014年4月1日火曜日
消えゆく姿・・・十和田市駅・その⑨
十和田観光電鉄の電車が廃止になって、2年経つ
先日、六戸町にある旧七百駅へ行ってみた。
なんか敷地の中が゛ガラン゛としている。(⇓)
解体されたのか、何処かへ行ったのか・・・それは判らないけど
廃止直後にあった、ステンレス製の車両は無くなっていた。
かつてホームだった所に、電車と機関車&無蓋貨車が留置されている。
野ざらし状態なので、ちょっとヤレ気味である。(⇓)
そういえば・・・廃止になった直後
旧七百駅を゛保存公園化゛するとか、しないとかの話もあったけど
最近は、そういった話も聞かない。
この先、どういう方向へ進むのか?
でも、かつて十和田と三沢の間に電車が走っていた・・・という証しだけは
残して欲しいよなと思う。
地元民としての率直な゛感想゛なんだけどね・・・
本日は、ここまで
◎2014.3.27撮影(日付が入っているモノ以外)
先日、六戸町にある旧七百駅へ行ってみた。
なんか敷地の中が゛ガラン゛としている。(⇓)
| 旧七百駅/かつての踏切付近より |
廃止直後にあった、ステンレス製の車両は無くなっていた。
| ※2013.5.4撮影/1年前はこんな感じだった・・・ |
かつてホームだった所に、電車と機関車&無蓋貨車が留置されている。
野ざらし状態なので、ちょっとヤレ気味である。(⇓)
| 旧七百駅ホーム付近にて(写真上下とも) |
旧七百駅を゛保存公園化゛するとか、しないとかの話もあったけど
最近は、そういった話も聞かない。
この先、どういう方向へ進むのか?
でも、かつて十和田と三沢の間に電車が走っていた・・・という証しだけは
残して欲しいよなと思う。
地元民としての率直な゛感想゛なんだけどね・・・
本日は、ここまで
◎2014.3.27撮影(日付が入っているモノ以外)
場所:
日本, 青森県上北郡六戸町
2013年8月14日水曜日
消えゆく姿・・・十和田市駅・その⑧
「消えゆく姿」と言うよりは、もはや「消えた」と言ってもいいかもしれません。
久々に「十鉄の電車」の話であります・・・
以前のブログで、「撤去作業」が始まったらしい・・との事を書いたけど
今年の春先から、レールの「撤去作業」は始まっていました。
所用で、県道(青森県道10号・三沢十和田線)を往復していると
作業員の人たちが、レールや砂利の撤去が進んでいるのを
何度となく、目にしていました・・・
最近になって、自転車で
「旧高清水駅」のあたりまで散歩する機会があったので
カメラを向けてみました・・・
やはりレールは撤去されていました。
撤去された跡が、かつて「電車」が通っていた事を主張している感じですが
いづれは雑草だらけになって、風化するんでしょう。
ちなみに写真にはありませんが、「旧高清水駅」の待合室は解体されて
ホームだけ残ってます。
もう少し書きたい事もあるんだけど、またの機会に・・・。
本日はここまで。 ➠ 2013.7撮影
久々に「十鉄の電車」の話であります・・・
以前のブログで、「撤去作業」が始まったらしい・・との事を書いたけど
今年の春先から、レールの「撤去作業」は始まっていました。
所用で、県道(青森県道10号・三沢十和田線)を往復していると
作業員の人たちが、レールや砂利の撤去が進んでいるのを
何度となく、目にしていました・・・
最近になって、自転車で
「旧高清水駅」のあたりまで散歩する機会があったので
カメラを向けてみました・・・
やはりレールは撤去されていました。
撤去された跡が、かつて「電車」が通っていた事を主張している感じですが
いづれは雑草だらけになって、風化するんでしょう。
ちなみに写真にはありませんが、「旧高清水駅」の待合室は解体されて
ホームだけ残ってます。
もう少し書きたい事もあるんだけど、またの機会に・・・。
本日はここまで。 ➠ 2013.7撮影
2013年3月23日土曜日
消えゆく姿・・・十和田市駅・その⑦
十和田観光電鉄の電車が廃止になって
もうすぐ、1年が経ちます。
かつての「十和田市駅」、とうてつ駅ビルの解体の事は
このブログで紹介してきたんですが
ここに来て 新たな変化が・・・
かつて線路にあった電車用の架線が、「撤去」されていました。
特に「十和田市駅」のホームがあった所から
その次の「ひがしの団地駅」付近では、架線用の電柱が撤去されていました。
その先は、どの程度進んでいるか分かりません・・・
ただ六戸町の「柳沢駅」付近では、架線だけ無くなってました。
いづれは電柱やホーム
そしてレールも消えてくんだろうな・・・(泪)
本日はここまで ➠ 2013.3撮影
もうすぐ、1年が経ちます。
かつての「十和田市駅」、とうてつ駅ビルの解体の事は
このブログで紹介してきたんですが
ここに来て 新たな変化が・・・
| 旧十和田市駅付近/何か物足りない様な… |
特に「十和田市駅」のホームがあった所から
その次の「ひがしの団地駅」付近では、架線用の電柱が撤去されていました。
| 旧「ひがしの団地駅」にて/撤去された電柱があります・・・ |
ただ六戸町の「柳沢駅」付近では、架線だけ無くなってました。
| 旧「柳沢駅」付近/青森県六戸町(写真上下) |
そしてレールも消えてくんだろうな・・・(泪)
本日はここまで ➠ 2013.3撮影
2013年1月14日月曜日
消えゆく姿・・・十和田市駅・その⑥
2012年12月18日火曜日
消えゆく姿・・・十和田市駅・その⑤
「とうてつ駅ビル」の取り壊しが進んでいる・・・事は
ブログで 度々紹介してきましたが
| 2012.12.13(木) 旧十和田市駅「とうてつ駅ビル」/西口側より |
その「姿」を消すところに差し掛かってます。
ここ1週間のあいだ、通勤の際に
撮った写真をアップしてみました・・・
| 2012.12.15(土) 右側の部分が無くなってます… |
取り外されてから1カ月たったけど
| 201.12.16(日) 正面側がほとんど無くなってます… |
| 2012.12.18(火) 旧十和田市駅「とうてつ駅ビル」/東側より ホームの解体も進んでます |
| 同じく東側より 写真手前の鉄骨は かつての「連絡橋」の残骸です。 |
情緒もへったくれもないなぁ・・・と思うと、淋しさを感じます。
本日は ここまでっ
2012年11月14日水曜日
消えゆく姿・・・十和田市駅・その④
2012年11月14日(水曜日)
所用で「旧十和田市駅」付近に来た時のこと。
道路をふさぐ形でクレーン車がいました。
クレーン車のブームの先が、「ゆらゆら」と揺れていました。
「えっ!・まさか」・・・カメラ片手に近づいて見た。
数分後、その「まさか」が当たってしまった。
「とうてつ駅ビル」と「ホーム」を繋いでいた
連絡橋が取り外されてしまったのだ。
作業の真っ最中だったので
その先へ近づくことができなかったけど。
連絡橋が無くなった跡をみると
何かが「物足りない」ような気がしました。
そういえば・・・旧駅の周りも、だいぶ様変わりしたなぁ。
でも来年の今頃には、もっと変わってんだろうな。
何か さみしいのぉ・・・本日は ここまで
所用で「旧十和田市駅」付近に来た時のこと。
道路をふさぐ形でクレーン車がいました。
クレーン車のブームの先が、「ゆらゆら」と揺れていました。
「えっ!・まさか」・・・カメラ片手に近づいて見た。
数分後、その「まさか」が当たってしまった。
「とうてつ駅ビル」と「ホーム」を繋いでいた
連絡橋が取り外されてしまったのだ。
作業の真っ最中だったので
その先へ近づくことができなかったけど。
連絡橋が無くなった跡をみると
何かが「物足りない」ような気がしました。
| 工事中の迂回路は かつての「バス乗り場」を使ってました… |
でも来年の今頃には、もっと変わってんだろうな。
| 現在の「旧十和田市駅」付近 かつての駐車場に「銀行」と「めがね屋」が出来ました。 |
2012年11月4日日曜日
消えゆく姿・・・十和田市駅・その③
かつての「十和田市駅」(とうてつ駅ビル)の取り壊しが始まったってことは
以前このブログに書いたんだけど
ついに「全面取り壊し」の様相が・・・
と言うのも、駅ビルの駐車場の看板に
「解体に伴い、11月10日に閉鎖」の案内が書いてありました。
駅ビルに入っていた「銀行」と「郵便局」が、他に移転したので
「空き家」になってしまった・・・と言う事です。
それ以前からの取り壊し作業も、だいぶ進んでる様だし・・・
このままで行くと、おそらく雪が降る前には
「十和田市駅」の姿が無くなってる様な・・・そんな気がします。
寂しいのぉ(泪)
本日はここまで ➠ 2012.11撮影
以前このブログに書いたんだけど
ついに「全面取り壊し」の様相が・・・
と言うのも、駅ビルの駐車場の看板に
「解体に伴い、11月10日に閉鎖」の案内が書いてありました。
駅ビルに入っていた「銀行」と「郵便局」が、他に移転したので
「空き家」になってしまった・・・と言う事です。
それ以前からの取り壊し作業も、だいぶ進んでる様だし・・・
このままで行くと、おそらく雪が降る前には
「十和田市駅」の姿が無くなってる様な・・・そんな気がします。
寂しいのぉ(泪)
本日はここまで ➠ 2012.11撮影
2012年9月30日日曜日
消えゆく姿・・・十和田市駅・その②
先日、かつての十和田市駅
「とうてつ駅ビル」の解体が始まった事を書いたんだけど
そのあと 或る事に気が付いた・・・
そう・・・屋上の看板が、いつの間にか無くなっていたのだ。
もともとは、1985年10月に
「ダイエーFC・とうてつ駅ビル店」としてオープンしたんだけど
ダイエー本体の経営合理化や、客足の減少などの理由なんかで
ついには、十鉄の直営となったはず。
そのとき、屋上の「ダイエー」マークに、白地の斜線を入れたヤツが
ついこの間まで、屋上に鎮座してました。
それが無くなってました。
日々見てた光景なんだけと、気が付きませんでした。
本日はここまで ➠ 2012.9撮影
「とうてつ駅ビル」の解体が始まった事を書いたんだけど
| 2012.4.19 電車廃止直後の「とうてつ駅ビル」/西口側 |
そう・・・屋上の看板が、いつの間にか無くなっていたのだ。
もともとは、1985年10月に
「ダイエーFC・とうてつ駅ビル店」としてオープンしたんだけど
ダイエー本体の経営合理化や、客足の減少などの理由なんかで
ついには、十鉄の直営となったはず。
そのとき、屋上の「ダイエー」マークに、白地の斜線を入れたヤツが
ついこの間まで、屋上に鎮座してました。
それが無くなってました。
日々見てた光景なんだけと、気が付きませんでした。
本日はここまで ➠ 2012.9撮影
2012年9月21日金曜日
消えゆく姿・・・十和田市駅
十和田観光電鉄の電車が廃止になって半年・・・
電車の姿も、乗客の姿も無くなった9月の半ば
ついに十和田市駅
すなわち「とうてつ駅ビル」解体が始まりました・・・
通勤コースなので、足場組んでたのは知ってたけど・・・
全体の3分の1くらいまで、解体してたのはビックリ(*_*)
まだ銀行の支店と、郵便局が営業しているので
現時点で、これ以上の解体は進まないと思うけど・・・
ここまで解体が進んでいたとは・・・
写真撮るまで知りませんでした。
本日は ココまでです。
※ その後の「とうてつ駅ビル」の解体状況もアップしてますので
併せてご覧下さい・・・(ラベルの「十和田市駅」をクリックして下さい。)
電車の姿も、乗客の姿も無くなった9月の半ば
| 2012.6.17(土) 旧十和田市駅/「とうてつ駅ビル」の姿 |
すなわち「とうてつ駅ビル」解体が始まりました・・・
通勤コースなので、足場組んでたのは知ってたけど・・・
全体の3分の1くらいまで、解体してたのはビックリ(*_*)
| 2012.9.30/解体途中の「とうてつ駅ビル」の姿 |
現時点で、これ以上の解体は進まないと思うけど・・・
ここまで解体が進んでいたとは・・・
写真撮るまで知りませんでした。
本日は ココまでです。
※ その後の「とうてつ駅ビル」の解体状況もアップしてますので
併せてご覧下さい・・・(ラベルの「十和田市駅」をクリックして下さい。)
2012年4月30日月曜日
えらく 小っちゃくなったなぁ・・・十和田市駅
オラの地元・十和田市と三沢市を結んでいた電車
「十和田観光電鉄」 3月31日で廃止になりました。
地元の人間として正直、寂しいものがあります。
ちょいと利用者が哀れになってきます。
「十和田観光電鉄」 3月31日で廃止になりました。
地元の人間として正直、寂しいものがあります。
十和田市の中心街へ移転しました。
そして今月中旬には、バスターミナルの機能も閉鎖。
銀行と郵便局は、まだ営業してますが、近い将来には移転するとのこと。
駐車場の舗装を剥がす工事も進んでいます。
その「駅ビル」を背にして・・・ポツンと建っているユニットハウス
これが・・・いま現在の「十和田市駅」です。
再開発の方向が定まってないので、しばらくは仮設のコレで対処するとの事です。
雨風をしのぐ場所もないし、自転車の置き場もないしちょいと利用者が哀れになってきます。
せめて今の場所に「バスターミナルくらいは造ってくれ」 と思う
きょうこの頃です。
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